音楽図書館協議会:Music Library Association of Japan


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MLAJ研究セミナー(2006.11.22)
講演 「著作権の制限規定」

三浦正広(国士舘大学法学部教授)

 

1. はじめに
 著作権法30条以下に規定されている権利の制限規定について考える前提として、著作権法における著作権の制限規定の位置づけや、体系的な解釈の方法について確認しておく必要がある。研究・教育目的あるいは私的目的のための利用など、私たちが著作物を利用する場合は、権利制限の範囲内で利用する場合も多いことから、著作権の制限規定を体系的に解釈するということは、著作権法の解釈方法について考えること自体が、制限規定について考えることになるのではないかと考える。  

2. 著作権法の解釈方法
(a)著作権法1条(目的)
 昭和45年(1970年)に制定された現行著作権法は、第1条の目的規定において、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」と規定していることからもわかるように、著作者の権利の保護を通じて、文化の発展に寄与することを目的としており、著作者の利益を保護したうえで、利用者の利益とのバランスを図ることが必要とされている。
 しかしながら、現代のコンピュータ・ネットワークを中心とした高度情報社会においては、著作権の経済的重要性が再認識されるとともに、著作権がIT産業を中心とした産業政策の枠組みのなかに取り込まれつつある。このような状況において、文芸、学術、美術、音楽といった伝統的な類型の著作物やその利用形態を前提としていた著作権法の解釈方法論は、伝統的な解釈アプローチから産業政策的アプローチへと転換されるようになった。「文化」の発展に寄与することを目的とした著作権法が、「産業」の発展に寄与することを目的とした法律になりつつある。その意味において、著作権法の理念が埋没し、著作権法の法律としてのアイデンティティが失われつつあるといえる。

(b)高度情報化社会、IT時代における著作権法の解釈方法
−伝統的な解釈アプローチから産業政策的解釈アプローチへの転換
 市場原理を基盤とする経済社会に裏打ちされた情報社会においては、情報伝達媒体が氾濫すると同時に、従来は文化的価値の度合いが強かった著作物も大量生産、大量消費されるようになると、著作物は「作品」というよりはむしろ「商品」という評価が下されるようになる。著作権法が想定していた著作者は、基本的には著作物の創作者である自然人であったはずであるが、著作権法15条を根拠として、著作物の存在形式の変容にともない、著作物を開発する企業などの団体が著作者ないし著作権者となる割合が増加している。著作権によって利益を得ることができるのは、著作物を創作する自然人の著作者ではなく、著作物を製作する企業であるという傾向が強くなっているといえる。
一方で、著作物を利用する側にも大きな変化が現われている。著作権法における権利の制限規定は、原則的には、著作物が自発的に有する公共性との関係において、著作者の権利を制限することで、著作物利用者の便宜を図るものであるが、著作物が大量生産される情報社会において著作物を利用するのは、利用者ではなく「消費者」であるという構図が現われるに至っている。著作権法は、利用者との利益バランスのうえに、著作者の利益を保護することを目的としているのであって、消費者の利益を保護する法律ではない。

(c)同一性保持権の制限
このような著作権をめぐる環境の変化により、伝統的な著作権法は産業政策のなかに埋没してしまう。著作権法は、文化と産業の間で大きく揺れ動いているといってよい。このような動きのなかでは、著作者人格権をどのように扱うべきかという問題も、将来にわたる大きな課題となると思われる。著作物を円滑に利用するために、著作者人格権を制限しようという考え方がある。同一性保持権の不行使特約、あるいは同一性保持権の包括的放棄などという表現で議論されている。原則として、著作者人格権の制限は、著作物の著作者と利用者との間の契約によってなされる必要がある。同一性保持権に関する著作権法20条1項の文言からも明らかなように、著作物の利用をめぐって同一性保持権が問題となるのは、著作者の意に反した利用がなされる場合である。著作物の同一性が維持されていない利用形態であっても、それについて著作者の許諾が得られていれば、同一性保持権侵害の問題は生じない。したがって、同一性保持権を制限する当事者間の特約の場合も、著作物の利用をめぐって著作者の意思が反映されているか否か、反映される状態にあるか否かということが重要なポイントになる。

(d)排他的独占権としての許諾権と禁止権
 他の知的財産権とは異なり、著作権法には競争法的な色彩はないが、近年の著作権法の解釈の傾向として、著作権とは、著作物の無断利用を禁止する「禁止権」であるという解釈が増えている。排他的権利としての性質からしても、著作権を許諾権として捉えることの反面として、著作物の無断利用を禁止する権利を「禁止権」と表現することは可能であり、著作物の利用を許諾しない場合の権限を「禁止権」と表現することはまちがいではない。また、禁止権という用語法が直接的に競争法的な意味合いをもつというわけでもない。
 しかし少なくとも、著作権を啓蒙するために、あるいは、著作権意識を植え付けるためには、著作者の立場からはじめる必要があるのではないか。1億総クリエイター時代であると言うのであるならばなおさら、誰もが著作者になりうる、誰もが著作権をもっているという観点から、著作権について意識できるようにすべきではないか。このような文脈からすると、権利のもつ思想的な背景を尊重することなく、現状だけを捉えて著作権を「禁止権」であると言い放つことはきわめて危険である。 

(e)映画の著作物の保護期間の延長
平成15年(2003年)の著作権法改正において、映画の著作物の保護期間は公表後50年から公表後70年に延長されることとなった。わが国のアニメーション映画などの映像コンテンツが国際的にも高い評価を得ており、将来における重要な産業分野になると期待されることから、そのようなコンテンツ業界を戦略的に優遇するという産業戦略にもとづいて、経済産業省から要望されたものである。これは、国家戦略としての知的財産権保護強化の一環として位置づけることが可能であり、まさに産業政策的アプローチにもとづく著作権法の改正であるといえる。

(f)著作権の制限規定(著作権法30条以下)の解釈方法
 最近はとくに著作物の産業的利用の側面を重視する立場から、著作権の制限を拡大し、著作物を利用しやすいようにしようという動きがある。文化の発展ということからすると、公表された著作物は利用されなければ意味がない、利用されることによって文化が生まれると考えてよい。しかし、その場合の著作物の利用というのはあくまでも著作権法という土俵の上で、著作権法というルールにもとづいた利用である必要がある。 
 文化の発展というものは、将来にわたって継続するものであり、著作権法が将来における文化の発展に寄与することを目的としているのであれば、現状における著作者と利用者の利益バランスだけではなく、将来的なバランスも考慮しなければならない。そのためにも、現状だけをみて著作者の利益と利用者の利益のバランスを図るということでは将来にわたる文化の発展には何の保証もなく、著作物の消費、文化の枯渇を招きかねない。著作権法が想定しているのは、著作物の著作者と利用者の関係であって、著作物の生産者と消費者の関係ではない。著作権の制限規定は消費者保護を目的としているものではない。
 時代がすすみ、情報技術が時代を追うごとに発展し、著作物の複製技術もさらに高度化し、放送と通信の融合などにより情報伝達技術も日進月歩の勢いで発展していることは疑いのない事実であり、また著作権法制度がそのような技術発展に追いついていないことも事実である。著作権法という法律は、短期的には著作者の利益を保護する法律であるが、長期的には著作者の個人的な利益の保護を超えて、人類の共有財産としての著作物を保護する法律、すなわち、文化を保護する法律であると考えることができる。文化は法律によって生み出されるものではなく、人間の知的活動、創作活動によって作られるものであり、そのような者、文化の発展を担う者の利益を保護するのが著作権法であるということになる。
著作権は、所有権などと同様の性質をもっており、特許権などの産業財産権(工業所有権)と同様に、排他的独占権という非常に強い効力をもっている。したがって、著作物の利用者は、その利用について著作権者の許諾を得ることが大原則である。ところが、この30条以下の著作権の制限規定に該当する場合は、例外的に著作権者の許諾を得ずに、著作物を自由に利用できることになっている。例外規定はできるだけ厳格に解釈するという法律上の原則から、法律条文の文言、表現の仕方が曖昧であったり、何通りかの解釈が可能であるという場合には、著作権者の利益保護を重視する立場で解釈しなければならない。
 また、法律の解釈には常に体系的な解釈が必要となる。法律の目的や趣旨、他の法律との利益バランスを考慮しながら解釈することが必要となる。このような法律の解釈方法は、著作権法における制限規定の場合にも該当する。

3. むすびにかえて
伝統的解釈アプローチの立場では、現行の著作権法は、著作者の権利を保護する法律であって、著作物の利用者を保護する法律ではない。公表される著作物が文化を形成することで、文化の発展に寄与することとなり、現代人がその文化を享受することができるという意味において、著作者の権利は制限され、特定の場合に限って、われわれは利用者として著作物を利用することができるにすぎないという法制になっている。著作者の利益を保護したうえで、利用者の利益とのバランスを図る必要があるということを意味している。
ところが、伝統的アプローチは産業政策的アプローチに取って代わられつつあり、産業政策的アプローチを支える経済システムにもとづいた大量生産、大量消費社会が、環境破壊や天然資源の枯渇を招いたように、文化資源である著作物の大量消費は文化資源の枯渇、ひいては文化そのものの衰退をもたらさないとも限らない。天然資源は有限であるが、著作物は人間が存在するかぎり、無限に創作されうるものである。著作権法制度の沿革や制度趣旨から考えても、産業政策的アプローチを根拠として、著作物の消費を促進するだけではなく、文化の種を播くことを奨励するような法制度が求められる。
そして、以上のような著作権法全体の時代的、歴史的な流れや解釈論としての枠組みを踏まえて、制限規定の1つ1つについて解釈する必要があるのではないかと考える。


 

2007.2.20受理
 

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