音楽図書館協議会:Music Library Association of Japan


<報告・論文・情報


アッシジの修道院図書館

杉本ゆり(聖グレゴリオの家:宗教音楽研究所、資料室司書・研究員)


アッシジは聖フランシスコの生誕地として多くの巡礼者を集めている町である。そこにはフランシスコの墓所を守る聖フランシスコ大聖堂があり、それに付設して13世紀から綿々とフランシスコに従う生活をおくる修道者が住む修道院がある。現在はコンヴェンツァアル聖フランシスコ修道会士の住居になっている。その修道院図書館をここ数年、自分の調査・研究のために利用させていただいた。その経験を踏まえ、一利用者としての、また音楽図書館員という専門職の観点から、そしてジーノ・ザノッティ神父の報告などに基づき、この歴史ある図書館について特に音楽という主題から紹介したい。
 アッシジの町に入る者は誰しもPiazza San Francescoを通過する。ここに建つのがアッシジの聖フランシスコ大聖堂であり、広場に面してバジリカ・インフェリオーレと呼ばれる地下聖堂の入り口がある。ファサードの右手に修道院受付があり、そこを横切って奥の回廊に進むと、矢印に導かれて図書館の入り口に達する。そのプレートには[Instituto Teologica/Centro Documentazione Francescana/Biblioteca Comunale “Fondo antico”]という3つの名称が掲げられている。つまりここは神学研究所でもあり、フランシスコ文書館でもあり、かつ市立図書館としてのパブリックな機能ももっているというわけで、私のような外国人利用者も煩雑な手続きや紹介状もなく利用できるのである。
 前述のザノッティ神父は長く図書館長を勤められたが、先のウンブリア大地震のおりから体調を崩され、今はマグロー神父が館長を勤めておられる。中世の写本や典礼書に精通し、生き字引のごとく利用者のニーズに応え、レファレンス・トゥールを使いこなすこの神父の存在に私はどれだけ助けられたかしれない。

★ 歴史

この修道院図書館は聖フランシスコ帰天後4年を経た1230年に創設されたということである。バジリカ・インフェリオーレの献堂も1230年であるから,アッシジに定住するフランシスコ会士たちがその修道生活の中に図書館というものを必要とし、位置付けていたということである。図書館を彼らは “domus librorum”と呼んだ。
 アッシジ修道院図書館について述べられた最初の文書があらわれるのは1260年代で、司教ベネデット・カイエッターニBenedetto Caiettani(後の教皇ボニファチウス8世)によるものである。1360年の会憲では総長のマルコ・ダ・ヴィテルヴォMarco da Vitervo(1359〜1366)が、図書館がすでに共同体の生活の中心的な位置を占めていることを述べている。午前と午後にわけて開館し、図書館員を置き,年に一度蔵書点検も行われている。蔵書を勝手に売ったり、私物化することが禁じられ、怠慢な図書館員には懲罰が加えられたということである。この会憲の20年後、1381年に、アッシジ出身の修道士ジョヴァンニ・イォーリGiovanni Ioliは蔵書目録を作成している。また図書館とはどういうものであるか、どのように機能しなければならないか、ということも論じられており、当時の図書館に関する考えを知るうえでも非常に重要、かつ貴重な文書である。
 他のすべての修道院図書館と同様、ここでもまず収集されたのは典礼書、聖書、続いて説教に必要なさまざまの関連書籍である。この図書館のはかりしれない価値は何と言っても、この分野の古写本、インキュナブラを中心とする数々の源泉資料である。ここには12世紀の写本が40冊以上所蔵されていたはずであったが、現在残っているのは27冊のみである。またこれらを含めて中世写本はピークのときは1,200タイトルあったが、そのうち今日残っているのは709タイトルのみである。貴重書消失は図書館の歴史にかかわることなのでここに述べておきたい。
 印刷術の発達は文化に多大な貢献をしたが、中世写本の損傷を招くことにもなった。というのは、写本用に複雑に工作されたブックケースは印刷本を収納するには全く不向きであるため、図書館全体は新しい実際的な書物のために考案されなおすことになった。古いブックケースは廃棄され、写本には適していない収納措置をとったため次第に保存状態の劣化を招いたと思われる。この時期図書館は上階に集中することになり、高さ5mの書架が壁一面にとりつけられた。ここに蔵書を移す際に、多くの写本が所在不明になり、紛失したという。
 またナポレオン時代には多くの価値ある写本やコレクションが組織的な略奪にあった。その時期、図書館の重要なコレクションはスポレートに移されていたということである。1814〜15年の間に再びアッシジに戻ってきたが、このときの雑な管理によってさらなる紛失が生じたのである。
 また、19世紀後半には教会も修道院も図書館もアッシジ市の管轄になり、市に引き渡されていた。1929年のラテラノ条約以後、修道院蔵書の所有権がフランシスコ会に属するべきものであると、ローマ教皇によって主張され、イタリア政府によって承認された。図書館も蔵書もフランシスコ会のもとに戻ってきたのである。しかし実際に蔵書自体が修道院のなかに移されるのは1981年以降のことである。
一方、フランシスコ会が所有するこれらの貴重な古写本類が一時的に市立図書館の管轄におかれていたということは、一般の研究者に広く提供できたという意味では大きなメリットがあったであろう。したがって修道院の蔵書が市立図書館から移ってくる際の重要な条件は、一般の人にも利用できるようにということであった。ゆえにこの図書館は同種の図書館のなかでは異例の長い開館時間(8:30〜12:30/14:30〜8:30)をもち、イタリア国内のみならず外国人利用者も含めてオープンな態度で写本類を公開し、年間約6,000人近い利用者を迎えている。

★蔵書

 1981年以降、修道院に蔵書が戻ってきたというのは画期的な出来事であったが、それに加えて増加し続ける図書の収納スペースの不足は他館と同様、深刻な問題であるようだ。現在14フロアを使用しているそうだが、そのうちの何部屋かが古文書やインキュナブラを保管しているが、保存に最適な状態ではないということである。
 フランシスコ関係の蔵書―会の歴史、霊性、兄弟たちの司牧に関する書籍―については103,000という量の多さにおいてもさることながらその重要性、オーセンティシティ、においてこれだけの質をそなえたフランシスコ会蔵書は類をみないであろう。なんと言ってもフランシスコ自身の直筆を所蔵しているという点では比類ないのである。中世写本の量についてはすでに述べたが16世紀以降の写本が304タイトル、さらに市の管轄に置かれた後に外部からあらたに到来した39の写本が加わる。16世紀のエディションが3,276タイトル、また358のインキュナブラがあるが、インキュナブラは1961年に図書館員ジュゼッペ・ザッカーリアGiuseppe Zaccaria神父によって目録が作成されている。
特に重要な写本は

#No 338: il Cantico delle creature/il Coeremoniale antiquum fratrum Minorum/La Vita S.Francisci versificata/La  Vita Sanctae Clarae
#No 686: Celano,Vita II
#No 330: Bonaventura,Legenda minor et majo
#No 694: Primo Breviario francescano
#No 329: Cronice generalium minstrorum
#No 651:  Fioricti di messer S.Francesco
#No 343: B.Angela da Foligno,Reeevelationes/B.Odorico da Pordenone,Hystorie/Ubertno da Casale,Arrbor vite

 最近納本された重要な写本はFrancesco de Meyronnesの[Sentenze]4巻の注釈書である。
 一般利用者のためのスペースはカタログ室(106平方メートル)、学習室(168平方メートル)−ここには開架式書架があり8,000タイトルのレファレンス・ブックが手にとってみることができる。シクストゥス4世の間(424平方メートル)は直線的な構造を持つため、80,000冊を収納できる。ここは貴重書の展示なども行われるため厳重な保護のもとにある。
 当然のことながら私が利用するのは学習室であるが、音楽参考図書に限って言えば、パドヴァのアントニオ大聖堂図書館に比べ、これらの収書は必要十分とはいえないと思う。特にRepertoire International des Sources Musicales(国際音楽資料総覧)が印刷本のシリーズAしか置いていないのは遺憾である。シリーズB-5の[Tropen und Sequenzenhandschriften]の巻にはアッシジのCodex695に関する詳しい概要が出ており、当然これを参照しながら利用したいのである。

★ 検索

一般的なコレクションはカード目録で検索する。著者および主題にしたがって分類され、また主要雑誌からの切り抜きも行っている。楽譜のカード目録は16世紀/印刷楽譜/手稿譜などという分類から検索することができる。ユニークなのはカードに五線譜でインチピットがついていることである。
 ローマのラテラノ大学からの要請によりアッシジの神学研究所と宗教学高等研究所は共同して、ウンブリア地域の神学校、ポルツィウンコラ修道院、カプチン修道院の図書館における蔵書の特別カードインデックスを作成したということである。カードインデックスというから データベース化はされていないようであるが、このように神学蔵書の相互協力、総合目録、リソースシェアの下地があることと思われる。
 資料請求の際のフォーマットは訪れるたびごとに違っている。これは我々から見れば奇異なことであるが、その国民性かもしれない。氏名や請求記号を書き込む欄が印刷された固い請求カードが置かれていることもあれば(これはほんの一時期だけだった)、不要紙のメモ用紙のように古いカレンダーの裏紙で請求することもある。
 私はカード目録は利用したことはない。私が求めるのはカードで検索できる、つまり他の図書館にもあるものではなく、ここにしかない音楽資料なので、専らあらかじめ日本で資料番号を調べておいた写本類、あるいは手書き楽譜に限る。
 ライブラリーシグラはI-Ac(Biblioteca Comunale), Af(S.Francesco)であるが、この両者は上述のように、一本化されているとみていい。I-AdはCattedrale S.Rufino、つまりドゥオーモの礼拝堂図書館であるから区別しなくてはならない。Analecta Francescanaに掲載されていたシグラはこのへんが全くあいまいで、ポルツィウンコラが所蔵する資料もすべて同じシグラを使っているため、時間の無駄をすることになった。
 すでに出版されている蔵書目録には次のようなものがある。

# Mazzatinti/L.Alessandri: Assisi Biblioteca del Convento di S.Francesco, Inventari dei manoscritti delle ibloteche   d’Italia (Forli, 1894)
# Pennacchi: Citta di Assisi: Biblioeca comunale, Bollettino delle’Associazione dei musicology italiani: Catalogo generale,XI (Parma, 1921)
# Sartori ed.:Assisi: La cappella della Basilica di San Frncesco,I: Catalogo del fondo musicale nella Biblioteca comunale di Assisi(Milano, 1961)
# Zaccaria: Il principale fondo musicale della Cappella di S.Francesco(Miscellanea francescana, LXII, 1962)
# Fausto Tuscano/Francescana Tuscano ed.: Catalogo del musicale della Biblioteca del Sacro Convento di  S.Francesco di Assisi, Fond del Maestro di Cappella, Vol I,II,III,VIII(Padova, Centro Studi Antoniani, 1991)
# Impegno Ecclesiale dei Frati Minori Conventuali nella coltura ieri oggi,1209〜1998 (Miscellanea frncescana,1998)

上記のなかではパドヴァのCentro Studi Antonianiで刊行されているカタログは、私がフランシスコ関係音楽作品リストを作る上で大変役に立った。この大聖堂に奉職した歴代のマエストロ・ディ・カペッラの自筆譜を保存しているのだが、フランシスコの祝日の聖務日課の音楽などすべて手にとってみることができた。

★ 音楽資料

 

音楽的に重要な2つの所蔵資料(中世写本とカリッシミ自筆楽譜)をここに紹介したいと思う。

# Ms 695
695という文献番号で知られるこの写本は前述のMazzatintiの目録にも掲載されている。またハインリッヒ・フスマンHeinrich Husmannの「Tropen und Sequenzenhandshriften」(RISM B5-1), Henle Verlag 1964でその概要をみることができる。この写本はミサ通常文および、ミサ・トロープス、セクエンツィアから成る。アッシジの聖フランシスコ、聖クララについての歌が含まれるため、クララの列聖年を考え、13世紀後半の成立と考えられている。ここにはフランシスコを讃え、また彼の特徴を解説し、解釈を次々に加えていく非常に興味深いセクエンツィアの大曲が2曲あるのである。その2曲とは
1) Ceciderunt in preclaris
2) In superna civitate
両方ともアッシジで成立したセクエンツィアだがパリのBiblioteque Nationale de France lat.1339に所収され、1)はこの写本ではLauda Sionのコントラファクトゥ
ムであるが、異なる旋律に変えられて、プラハのNational library Ms IE 12に伝わっている。
 貴重な中世写本であるため、閲覧に際しては白い手袋を着用する。
 なお、この写本のマニュスクリプト・スタディが1997年にUniversity Texas at Austinの学位論文として提出されている。
 Emile Julia Shinnick: The Manuscript Assisi,Biblioteca del Sacro Convento Ms 695; A codicological and reportorial study

#カリッシミの初期モテット自筆楽譜
アッシジの修道院図書館はカリッシミの自筆楽譜を所有しているということで音楽史家には注目されていたが、実態は日本ではあまり知られていないと思う。またニュー・グローヴ音楽辞典(2001年版)においても所蔵の記述がI-Adと誤っている。 初期バロックの大家ジャコモ・カリッシミGiacomo Carissimi(1605〜1674)は若き時代(1628〜29)にアッシジのドゥオーモ(サン・ルフィーノ大聖堂)のマエストロを勤めていたので、彼の自筆楽譜がアッシジにあるにちがいないと、長い間期待をもって探されていたのである。コンヴェンツァル・フランシスコ会士にして音楽家のアルビーノ・ヴァロッティAlbino Valotti神父がDocumentazione Francescanaのマニュスクリプト部門に「anonimo 2200」として作者不詳のまま登録されていたモテットをカリッシミの真作であると同定した。この発見記事は1967年8月4日ヴァチカンのOsservatore Romano紙に大きく掲載された。これはフランシスコ祝日の聖務日課のなかの第一晩課のマニフィカートのアンティフォナ “O stupor et gaudium”をテキストとするモテットで <Motetto in onore di S.Francesco d’Assisi a 2 canti e 2 violini O stupor et gaudium>と題されている。蔵書カタログはいまだに旧番号で作者不詳の記号が付されているが。
ヴァロッティ神父が入念に演奏解釈をほどこした手書きのトランスクリプション、およびイタリア語、フランス語、英語による神父自身の楽曲解説と歌詞の訳、発見記事が自筆楽譜とともにひとつのボール紙のケースに入れられ、私の印象ではかなり無造作、かつ無防備に保存されている。

★ 最後にザノッティ神父の言葉を私なりに翻訳しながら閉じたい。
「この歴史的図書館は原典研究や芸術史の観点からいうまでもなく価値あるものだが、何より図書館というのは活きた組織体であり、固有の空間を持ち、そこには熱意ある人々がかかわっている。そして貴重であるが公のものであり奉仕の精神で自由に提供せねばならない。図書館の目的は文化的、霊的な豊かさの道具となることであり、使徒的精神をもって司牧活動をシェアするものでもあるのだ。」

2003.10.29受

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